日本キリスト教団 新松戸教会

福音、それはよき訪れ。あなたの人生を豊かにする驚くべき恵みの力です。

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2021年05月16日 10:10~配信予定

説教の中から

2021年05月09日 10:10~配信予定

説教の中から

2021年05月02日 10:10~配信予定

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2021年04月25日 10:10~配信予定

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『神が作ったみ衣』

2021年04月18日 津村友昭牧師 創世記3章8~24節

説教の中から

人間が罪を犯す、それは神の言葉に不従順から始まりました。そして悪の目が開け裸であることを知り、そしてその恥を隠しました。神は罪のない方、人間は罪人。一緒にいる事が出来なくなったのです。神は人間が滅んでしまうから、その光の届かない地へと追放されました。そして二人に皮の衣を作って着せられました。その衣は何の動物でしょうか。人の罪をあがなう為にキリストが来られたことを最初に書き記しました。キリストによって罪が許され今度は神は彼らに白い衣を与えられました。

創世記3章8~24節

8) その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、

9) 主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」

10) 彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」

11) 神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」

12) アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」

13) 主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」

14) 主なる神は、蛇に向かって言われた。「このようなことをしたお前は/あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で/呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。

15) お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に/わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き/お前は彼のかかとを砕く。」

16) 神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。お前は男を求め/彼はお前を支配する。」

17) 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。

18) お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。

19) お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」

20) アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となったからである。

21) 主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた。

22) 主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」

23) 主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。

24) こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。

『神は正しく真実である』

2021年04月11日 津村悦子牧師
ヨハネの黙示録16章15~20節 (ハルマゲドンの戦い)

説教の中から

黙示録を学んで、いよいよ16章に入りました。ハルマゲドンの意味を少し触れます。

この書を通して一環している言葉は「真実」という言葉です。それが神の審判の基準になっています。「神の道は正しく真実である」真実という言葉は決して抽象的ではない。信仰は理論ではなく、実感の世界です。喜びの世界を味わいましょう。

ヨハネの黙示録16章15~20節

15) ――見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。――

16) 汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。

17) 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こえ、「事は成就した」と言った。

18) そして、稲妻、さまざまな音、雷が起こり、また、大きな地震が起きた。それは、人間が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの大地震であった。

19) あの大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。神は大バビロンを思い出して、御自分の激しい怒りのぶどう酒の杯をこれにお与えになった。

20) すべての島は逃げ去り、山々も消えうせた。

『絶望から希望』

2021年04月04日 津村友昭牧師 ルカによる福音書24章13~35節

説教の中から

イエスに従った人々はイエスがメシアであり、世の変革をしてくれるであろうと期待していましたが十字架にかかって死ぬと言われたとき、ユダは死んだら終わりであると思っていたのでイエスを裏切った。他の弟子たちは失望してエルサレムから田舎道へと下って行った。その下り道、イエスが近づいて来られたのです。道々聖書を説き明かして下さり聖餐のパンを裂く時、心の目が開かれてイエスだとわかり再びエルサレムへ登って行った。絶望から希望への歩みをしたのである。

ルカによる福音書24章13~35節

13) ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、

14) この一切の出来事について話し合っていた。

15) 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。

16) しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。

17) イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。

18) その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」

19) イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。

20) それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。

21) わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

22) ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、

23) 遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。

24) 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」

25) そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、

26) メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

27) そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

28) 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。

29) 二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。

30) 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。

31) すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

32) 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

33) そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、

34) 本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。

35) 二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

『イエスが苦しんだ理由』

2021年03月28日 津村一志牧師 マルコによる福音書10章32~34節

説教の中から

イエスは裁判と拷問、十字架に至るまで最もひどい苦しみにあわれました。肉体的、精神的、霊的苦しみが全部イエスに臨みました。

メシア(キリスト)が苦しむことは預言されていました。(イザヤ書53章、詩編22編14~19節)がこれほどに神の独り子なるお方が苦しまなければならなかった理由とは何なのか。一緒に考えてさぐりたいと思います。

マルコによる福音書10章32~34節

32) 一行がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。イエスは再び十二人を呼び寄せて、自分の身に起ころうとしていることを話し始められた。

33) 「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。

34) 異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」

『新しいスタイルの信仰』

2021年03月21日 津村友昭牧師
マタイによる福音書7章24~29節(9章14~17節)

説教の中から

「新しいブドウ酒は新しい革袋に入れる」

新しいブドウ酒はイエス・キリストが伝えて下さった「神の国の福音」です。一人一人が神の目から見て「かけがえのない貴い存在です」神の国の福音は発酵を始める新しいブドウ酒として表現されています。新しいブドウ酒は活き活きと発酵をし続けます。福音の言葉も生き生きと働き続けていきます。それを入れる新しい皮袋が必要です。心の深みまで新しくして下さいと祈ります。

マタイによる福音書7章24節~29節

24) 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。

25) 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。

26) わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。

27) 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」

28) イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。

29) 彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。

マタイによる福音書9章14~17節

14) そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。

15) イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。

16) だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布切れが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。

17) 新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

『神と結ばれるには』

2021年03月14日 津村友昭牧師 ヨハネによる福音書15章1節~17節

説教の中から

主イエスは「わたしにつながっていなさい」と言われました。わたしにつながっているものは父とつながっているとも言われました。

つながるとは、「つぎ木される」と言っています。私たちは主イエスを「私の救い主」であると信じます。それはその信仰がキリストに結び伝わされるのです。「神秘的結合」です。

つながって生きるとは、

  1. キリストの言葉がいつもわたしの内にある。キリストの愛・徳があり謙遜な魂とされる。
  2. キリストの愛がとどまりつづけること。理性(肉体)、精神(心)、内面(魂)に根付く事。それは「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くす(マタイ22:37)」です。

ヨハネによる福音書15章1節~17節

1) 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。

2) わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。

3) わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。

4) わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。

5) わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

6) わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。

7) あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

8) あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

9) 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。

10) わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

11) これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。

12) わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

13) 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

14) わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。

15) もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。

16) あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

17) 互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」

『魂の刈り入れ時』

2021年03月07日 津村悦子牧師 ヨハネの黙示録15章(14章14節~20節)

説教の中から

ヨハネは二つのことを語っている。

  1. 穀物の刈り入れであり、正しい者を救いに入れるに関しての終末的審判である。
  2. 神の怒りの収穫である。
    悪い者に罪の宣言をすることを語っている。

マタイによる福音書13章40節からこれは、キリストと反キリストの間に起こる最後の霊的闘争である。

黙示録では、収穫は最後の審判の象徴としている。

ヨハネの黙示録15章

1) わたしはまた、天にもう一つの大きな驚くべきしるしを見た。七人の天使が最後の七つの災いを携えていた。これらの災いで、神の怒りがその極みに達するのである。

2) わたしはまた、火が混じったガラスの海のようなものを見た。更に、獣に勝ち、その像に勝ち、またその名の数字に勝った者たちを見た。彼らは神の竪琴を手にして、このガラスの海の岸に立っていた。

3) 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とをうたった。「全能者である神、主よ、/あなたの業は偉大で、/驚くべきもの。諸国の民の王よ、/あなたの道は正しく、また、真実なもの。

4) 主よ、だれがあなたの名を畏れず、/たたえずにおられましょうか。聖なる方は、あなただけ。すべての国民が、来て、/あなたの前にひれ伏すでしょう。あなたの正しい裁きが、/明らかになったからです。」

5) この後、わたしが見ていると、天にある証しの幕屋の神殿が開かれた。

6) そして、この神殿から、七つの災いを携えた七人の天使が出て来た。天使たちは、輝く清い亜麻布の衣を着て、胸に金の帯を締めていた。

7) そして、四つの生き物の中の一つが、世々限りなく生きておられる神の怒りが盛られた七つの金の鉢を、この七人の天使に渡した。

8) この神殿は、神の栄光とその力とから立ち上る煙で満たされ、七人の天使の七つの災いが終わるまでは、だれも神殿の中に入ることができなかった。

ヨハネの黙示録14章14節~20節

14) また、わたしが見ていると、見よ、白い雲が現れて、人の子のような方がその雲の上に座っており、頭には金の冠をかぶり、手には鋭い鎌を持っておられた。

15) すると、別の天使が神殿から出て来て、雲の上に座っておられる方に向かって大声で叫んだ。「鎌を入れて、刈り取ってください。刈り入れの時が来ました。地上の穀物は実っています。」

16) そこで、雲の上に座っておられる方が、地に鎌を投げると、地上では刈り入れが行われた。

17) また、別の天使が天にある神殿から出て来たが、この天使も手に鋭い鎌を持っていた。

18) すると、祭壇のところから、火をつかさどる権威を持つ別の天使が出て来て、鋭い鎌を持つ天使に大声でこう言った。「その鋭い鎌を入れて、地上のぶどうの房を取り入れよ。ぶどうの実は既に熟している。」

19) そこで、その天使は、地に鎌を投げ入れて地上のぶどうを取り入れ、これを神の怒りの大きな搾り桶に投げ入れた。

20) 搾り桶は、都の外で踏まれた。すると、血が搾り桶から流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンにわたって広がった。

『自分が嫌いなあなたへ』

2021年02月28日 津村一志牧師 マルコによる福音書12章29節~31節

説教の中から

あなたは自分のことが好きですか!それとも嫌いですか!

あるいは、順調に何もかもうまくやれる自分は好きですか!ふがいない自分は嫌いですか!

好きな自分も、嫌いな自分も自分です。それを大きな愛でうけとめていくことができた時、何かが変わっていくのではないでしょうか?聖書は完全な愛は恐れを締め出すといいます。この大きな愛につつまれていくならば、ダメな自分、嫌いな自分に対しての和解がなされて、ありのままの自分を認めることができるようになります。それだけではありません。あらゆる領域に和解がなされるようになるのです。

マルコによる福音書12章29節~31節

29) イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。

30) 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』

31) 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

『神の名を求めた人』

2021年02月21日 津村友昭牧師
創世記32章23節~32節、使徒言行録22章1節~11節

説教の中から

旧約聖書で神の名は何というのか。あまりにも大切にしたのでヤーハウェ、エホバ、アドナイ等、たくさん言われるがはっきりわからない。ヤコブにも神の名を知らされなかった。モーセが求めたとき「わたしはあってある者」と言われた。新約聖書ではマリヤに「イエス」と名付けなさいと言われた。ダマスコ途上で「主よあなたはどなたですか」と尋ねると「わたしはあなたが迫害しているナザレのイエスである」と天上から答えておられる(使徒言行録22:8)

創世記32章23節~32節

23) その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。

24) 皆を導いて川を渡らせ、持ち物も渡してしまうと、

25) ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。

26) ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。

27) 「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」

28) 「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、

29) その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」

30) 「どうか、あなたのお名前を教えてください」とヤコブが尋ねると、「どうして、わたしの名を尋ねるのか」と言って、ヤコブをその場で祝福した。

31) ヤコブは、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。

32) ヤコブがペヌエルを過ぎたとき、太陽は彼の上に昇った。ヤコブは腿を痛めて足を引きずっていた。

33) こういうわけで、イスラエルの人々は今でも腿の関節の上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブの腿の関節、つまり腰の筋のところを打ったからである。

使徒言行録22章1節~11節

1) 「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください。」

2) パウロがヘブライ語で話すのを聞いて、人々はますます静かになった。パウロは言った。

3) 「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。

4) わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。

5) このことについては、大祭司も長老会全体も、わたしのために証言してくれます。実は、この人たちからダマスコにいる同志にあてた手紙までもらい、その地にいる者たちを縛り上げ、エルサレムへ連行して処罰するために出かけて行ったのです。」

6) 「旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。

7) わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。

8) 『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。

9) 一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。

10) 『主よ、どうしたらよいでしょうか』と申しますと、主は、『立ち上がってダマスコへ行け。しなければならないことは、すべてそこで知らされる』と言われました。

11) わたしは、その光の輝きのために目が見えなくなっていましたので、一緒にいた人たちに手を引かれて、ダマスコに入りました。

『ヤコブの家の信仰の確立』

2021年02月14日 津村友昭牧師 創世記35章1節~15節

説教の中から

ヤコブは一人父の家を後にしてベテルで疲れた身体を休めた。そこにも主があらわれた事を発見し、そこを神の家ベテルと名付けた。その神を慕いつつ20年過ごしヤコブの川のほとりで神と再び会い「わたしを祝福して下さい」と祈り続けた。やがてヤコブという名前がイスラエルと改名された。しかしヤコブの一族の信仰の一致が弱かったのでディナの事件を通して一族の信仰が一致されるように再びベテルに一族で行き、信仰のヤコブ家の一致の中心について教えた。

創世記35章1節~15節

1) 神はヤコブに言われた。「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい。」

2) ヤコブは、家族の者や一緒にいるすべての人々に言った。「お前たちが身に着けている外国の神々を取り去り、身を清めて衣服を着替えなさい。

3) さあ、これからベテルに上ろう。わたしはその地に、苦難の時わたしに答え、旅の間わたしと共にいてくださった神のために祭壇を造る。」

4) 人々は、持っていた外国のすべての神々と、着けていた耳飾りをヤコブに渡したので、ヤコブはそれらをシケムの近くにある樫の木の下に埋めた。

5) こうして一同は出発したが、神が周囲の町々を恐れさせたので、ヤコブの息子たちを追跡する者はなかった。

6) ヤコブはやがて、一族の者すべてと共に、カナン地方のルズ、すなわちベテルに着き、

7) そこに祭壇を築いて、その場所をエル・ベテルと名付けた。兄を避けて逃げて行ったとき、神がそこでヤコブに現れたからである。

8) リベカの乳母デボラが死に、ベテルの下手にある樫の木の下に葬られた。そこで、その名はアロン・バクト(嘆きの樫の木)と呼ばれるようになった。

9) ヤコブがパダン・アラムから帰って来たとき、神は再びヤコブに現れて彼を祝福された。

10) 神は彼に言われた。「あなたの名はヤコブである。しかし、あなたの名はもはやヤコブと呼ばれない。イスラエルがあなたの名となる。」神はこうして、彼をイスラエルと名付けられた。

11) 神は、また彼に言われた。「わたしは全能の神である。産めよ、増えよ。あなたから/一つの国民、いや多くの国民の群れが起こり/あなたの腰から王たちが出る。

12) わたしは、アブラハムとイサクに与えた土地を/あなたに与える。また、あなたに続く子孫にこの土地を与える。」

13) 神はヤコブと語られた場所を離れて昇って行かれた。

14) ヤコブは、神が自分と語られた場所に記念碑を立てた。それは石の柱で、彼はその上にぶどう酒を注ぎかけ、また油を注いだ。

15) そしてヤコブは、神が自分と語られた場所をベテルと名付けた。

『古くならない新しい歌』

2021年02月07日 津村悦子牧師 ヨハネの黙示録14章1節~5節

説教の中から

この新しい歌は心から信じた贖われた人だけが歌うことができる歌であると黙示録は語っています。

「見よ。世の罪を取り除く神の子羊だ。(ヨハネ1:29)」権利や暴力とは全く縁のない柔和な子羊。穢れなき血を流し、自己犠牲の愛を通して罪人(私たち)を救った子羊に感謝します。

私たちは、その神や人の前に従順になりたいと思います。

ヨハネの黙示録14章1節~5節

1) また、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っており、小羊と共に十四万四千人の者たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが記されていた。

2) わたしは、大水のとどろくような音、また激しい雷のような音が天から響くのを聞いた。わたしが聞いたその音は、琴を弾く者たちが竪琴を弾いているようであった。

3) 彼らは、玉座の前、また四つの生き物と長老たちの前で、新しい歌のたぐいをうたった。この歌は、地上から贖われた十四万四千人の者たちのほかは、覚えることができなかった。

4) 彼らは、女に触れて身を汚したことのない者である。彼らは童貞だからである。この者たちは、小羊の行くところへは、どこへでも従って行く。この者たちは、神と小羊に献げられる初穂として、人々の中から贖われた者たちで、

5) その口には偽りがなく、とがめられるところのない者たちである。

『恐れを乗り越える』

2021年01月31日 津村友昭牧師 創世記32章23節~32節

説教の中から

ヤコブは出発の時、ベテルで聖霊体験をしました。そして、「ここに主がおられるのに知らなかった。」と言って、ベテルと名付けました。帰路、ヤボク川を渡るにあたって、恐れが生じ祈りました。そこで天使と相撲を取ったのです。「あなたが私を祝福してくださらなければ、私は離しません。」と言いました。そこで、その場所を『ペヌエル』と呼びました。ヤコブに天使が答えて言います。『イスラエル』第二回の聖霊体験です。

創世記32章23節~32節

23) その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。

24) 皆を導いて川を渡らせ、持ち物も渡してしまうと、

25) ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。

26) ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。

27) 「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」

28) 「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、

29) その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」

30) 「どうか、あなたのお名前を教えてください」とヤコブが尋ねると、「どうして、わたしの名を尋ねるのか」と言って、ヤコブをその場で祝福した。

31) ヤコブは、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。

32) ヤコブがペヌエルを過ぎたとき、太陽は彼の上に昇った。ヤコブは腿を痛めて足を引きずっていた。

『畏怖と恐怖』

2021年01月24日 津村一志牧師 詩編25編1節~22節

説教の中から

私たちは「恐怖」と「畏怖」の区別がついているでしょうか。
「恐怖」は「こわい」「おそろしい」「逃げ出したい」という危険を感じるときに抱く思いであり、
「畏怖」は何か偉大なもの、人間を超えた聖なるものに触れて、経緯を払うといったときに抱く思いではないかと思います。
聖書は全体を通して"神を畏れよ"と述べています。

神様を畏れて歩んだ人を通して私たちも主を畏れて生きていくものでありたいと願います。

詩編25 1節~22節

1) 【ダビデの詩。】主よ、わたしの魂はあなたを仰ぎ望み

2) わたしの神よ、あなたに依り頼みます。どうか、わたしが恥を受けることのないように/敵が誇ることのないようにしてください。

3) あなたに望みをおく者はだれも/決して恥を受けることはありません。いたずらに人を欺く者が恥を受けるのです。

4) 主よ、あなたの道をわたしに示し/あなたに従う道を教えてください。

5) あなたのまことにわたしを導いてください。教えてください/あなたはわたしを救ってくださる神。絶えることなくあなたに望みをおいています。

6) 主よ思い起こしてください/あなたのとこしえの憐れみと慈しみを。

7) わたしの若いときの罪と背きは思い起こさず/慈しみ深く、御恵みのために/主よ、わたしを御心に留めてください。

8) 主は恵み深く正しくいまし/罪人に道を示してくださいます。

9) 裁きをして貧しい人を導き/主の道を貧しい人に教えてくださいます。

10) その契約と定めを守る人にとって/主の道はすべて、慈しみとまこと。

11) 主よ、あなたの御名のために/罪深いわたしをお赦しください。

12) 主を畏れる人は誰か。主はその人に選ぶべき道を示されるであろう。

13) その人は恵みに満たされて宿り/子孫は地を継ぐであろう。

14) 主を畏れる人に/主は契約の奥義を悟らせてくださる。

15) わたしはいつも主に目を注いでいます。わたしの足を網から引き出してくださる方に。

16) 御顔を向けて、わたしを憐れんでください。わたしは貧しく、孤独です。

17) 悩む心を解き放ち/痛みからわたしを引き出してください。

18) 御覧ください、わたしの貧しさと労苦を。どうかわたしの罪を取り除いてください。

19) 御覧ください、敵は増えて行くばかりです。わたしを憎み、不法を仕掛けます。

20) 御もとに身を寄せます。わたしの魂を守り、わたしを助け出し/恥を受けることのないようにしてください。

21) あなたに望みをおき、無垢でまっすぐなら/そのことがわたしを守ってくれるでしょう。

22) 神よ、イスラエルを/すべての苦難から贖ってください。

『苦難は希望の谷を意味する』

2021年01月17日 ヨハネの黙示録13章6節~15節 津村悦子牧師

説教の中から

終末的事態での苦難は、サタンが天上から地上に落とされ、大きな怒りをもって地上に戦いを挑んでいる。

私たちは、

  1. 先ず、天を見上げること
  2. 地上界を見ること
  3. サタンの支配する現実をよくみること

それは、自分自身をよく見つめることであると言える。

苦難は希望の谷を作ると言える。

ヨハネの黙示録13章6節~15節

6) そこで、獣は口を開いて神を冒瀆し、神の名と神の幕屋、天に住む者たちを冒瀆した。

7) 獣は聖なる者たちと戦い、これに勝つことが許され、また、あらゆる種族、民族、言葉の違う民、国民を支配する権威が与えられた。

8) 地上に住む者で、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されていない者たちは皆、この獣を拝むであろう。

9) 耳ある者は、聞け。

10) 捕らわれるべき者は、/捕らわれて行く。剣で殺されるべき者は、/剣で殺される。ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。

11) わたしはまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。この獣は、小羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。

12) この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。

13) そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせた。

14) 更に、先の獣の前で行うことを許されたしるしによって、地上に住む人々を惑わせ、また、剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を造るように、地上に住む人に命じた。

15) 第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。

『新年の決意』

2021年01月10日 創世記28章10節~17節 津村友昭牧師

説教の中から

2021年私たちは執り成し年となるように使命と自覚が与えられるように祈ります。天と地がつながっていることをヨハネ黙示録から聞きました。コロナが東京都1300人超から始まった年。キリスト者の祈りに国の運命がかかっています。毎日1時間の祈りを徹底するように。

ヤコブは地石だらけのベテルで神に出会いました。この所に神がおられる事を知りませんでした。生ける神に出会い、そして決意しました。人生で必ず10分の1ははあなたに捧げますと。それから祝福されたのです。

創世記28章10節~17節

10) ヤコブはベエル・シェバを立ってハランへ向かった。

11) とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわった。

12) すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。

13) 見よ、主が傍らに立って言われた。「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。

14) あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。

15) 見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

16) ヤコブは眠りから覚めて言った。「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」

17) そして、恐れおののいて言った。「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」

『将来と希望を与える神』

2021年01月03日 エレミヤ書29章1節~15節 津村友昭牧師

説教の中から

新しい年が与えられたことを感謝します。感謝する心、聖霊充満の中心です。それは赦す心、他者を愛する心、聖霊論的思考の中心です。

感謝の後に悔い改めましょう。今年こそ、旧年出来なかった心に新しい力を受けて前進しましょう。そのためにすべきことは第一に謙遜です。モーセは足から靴を脱いだ後、何を求められたでしょうか。全焼のいけにえです。み言葉から古いものをすべて焼き尽くして新しくされましょう。

エレミヤ書29章1節~15節

1) 以下に記すのは、ネブカドネツァルがエルサレムからバビロンへ捕囚として連れて行った長老、祭司、預言者たち、および民のすべてに、預言者エレミヤがエルサレムから書き送った手紙の文面である。

2) それは、エコンヤ王、太后、宦官、ユダとエルサレムの高官、工匠と鍛冶とがエルサレムを去った後のことである。

3) この手紙は、ユダの王ゼデキヤが、バビロンの王ネブカドネツァルのもとに派遣したシャファンの子エルアサとヒルキヤの子ゲマルヤに託された。

4) 「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしは、エルサレムからバビロンへ捕囚として送ったすべての者に告げる。

5) 家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい。

6) 妻をめとり、息子、娘をもうけ、息子には嫁をとり、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そちらで人口を増やし、減らしてはならない。

7) わたしが、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから。

8) イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。あなたたちのところにいる預言者や占い師たちにだまされてはならない。彼らの見た夢に従ってはならない。

9) 彼らは、わたしの名を使って偽りの預言をしているからである。わたしは、彼らを遣わしてはいない、と主は言われる。

10) 主はこう言われる。バビロンに七十年の時が満ちたなら、わたしはあなたたちを顧みる。わたしは恵みの約束を果たし、あなたたちをこの地に連れ戻す。

11) わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。

12) そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。

13) わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、

14) わたしに出会うであろう、と主は言われる。わたしは捕囚の民を帰らせる。わたしはあなたたちをあらゆる国々の間に、またあらゆる地域に追いやったが、そこから呼び集め、かつてそこから捕囚として追い出した元の場所へ連れ戻す、と主は言われる。

15) あなたたちは、『主が我々のために、バビロンでも預言者を立ててくださった』と言っている。

『疫病も終末のしるしか?』

2020年12月27日 ルカによる福音書21章5節~19節 津村一志牧師

説教の中から

コロナウイルスによって今までとは違ったクリスマスを迎えたように、今までとは違った年末年始を迎えようとしています。当然、私たちの意識も今までとは違った思いをもって歩むことが求められています。

それは主が再臨される備えです。このコロナ禍はそのような備えを促しているように思えます。

主が来られるときにどのようなことが起きると聖書は語っているのか、調べながら備えていく私たちでありたいと思います。

ルカによる福音書21章5節~19節

5) ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。

6)「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

7) そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」

8) イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。

9) 戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」

10) そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。

11) そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。

12) しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。

13) それはあなたがたにとって証しをする機会となる。

14) だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。

15) どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。

16) あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。

17) また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。

18) しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。

19) 忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

『明るいニュース』

2020年12月24日 クリスマスイブ礼拝 ヨハネによる福音書1章1節~13節 津村一志牧師

説教の中から

ヨハネによる福音書1章1節~13節

1) 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

2) この言は、初めに神と共にあった。

3) 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

5) 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

4) 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。

6) 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。

7) 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。

8) 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。

9) その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

10) 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。

11) 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。

12) しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。

13) この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。

『光の灯台』

2020年12月20日 創世記1章1節~5節 津村友昭牧師

創世記1章1節~5節

1) 初めに、神は天地を創造された。

2) 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

3) 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

4) 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、

5) 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

『キリストは2回来られる』

2020年12月13日 ヘブライ人への手紙9章23節~28節 津村一志牧師

説教の中から

今日のこの箇所には、イエスキリストが2回現れてくださるということが書かれています。

1回目に来てくださった目的は私たちの罪を取り除くためにご自身を十字架にかけてあがなうためでした。

2回目に来てくださる目的は主イエスを信じてあがなわれた者たちをこの世から救うために来られるというのです。これを「携挙」といいます。しかも、これを経験できるのは、1回目の現れによって罪許された者に限られるというのです。

改めて、主イエスキリストを信じることの意味と大きさをこのアドベントに考えてみたいと思います。

ヘブライ人への手紙9章23節~28節

23) このように、天にあるものの写しは、これらのものによって清められねばならないのですが、天にあるもの自体は、これらよりもまさったいけにえによって、清められねばなりません。

24) なぜならキリストは、まことのものの写しにすぎない、人間の手で造られた聖所にではなく、天そのものに入り、今やわたしたちのために神の御前に現れてくださったからです。

25) また、キリストがそうなさったのは、大祭司が年ごとに自分のものでない血を携えて聖所に入るように、度々御自身をお献げになるためではありません。

26) もしそうだとすれば、天地創造の時から度々苦しまねばならなかったはずです。ところが実際は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。

27) また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、

28) キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。

『生命の源であるキリストとマリア』

2020年12月06日
ヨハネの黙示録12章、マタイによる福音書1章21節~22節
津村悦子牧師

説教の中から

天と地とは、つながっています。故に、この地上で起こっていることだけが唯一の現実ではないことを示しています。私たちの過去も、現在も、将来も神はみなご存知なのです。

古代の天体崇拝では、身分の高い「天の女神」の表現がありました。

この女性と男の子の誕生はどのような関係があるのでしょうか。旧・新約聖書から見てみましょう

マタイによる福音書 1章21節~22節

21) マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

22) このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

ヨハネの黙示録 12章

1) また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。

2) 女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

3) また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。

4) 竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

5) 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。

6) 女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。

7) さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、

8) 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。

9) この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

10) わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、/昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、/投げ落とされたからである。

11) 兄弟たちは、小羊の血と/自分たちの証しの言葉とで、/彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。

12) このゆえに、もろもろの天と、/その中に住む者たちよ、喜べ。地と海とは不幸である。悪魔は怒りに燃えて、/お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである。」

13) 竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。

14) しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。

15) 蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。

16) しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。

17) 竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。

18) そして、竜は海辺の砂の上に立った。

『喜びの待望』

2020年11月29日 イザヤ書9章1節~6節 津村友昭牧師

説教の中から

アドベント第一主日が、教会歴の元旦に当たります。新しい希望をもって前進しましょう。

イザヤは数百年前より、独りのみどり子が与えられた(救い主が生まれた)と、喜びを語っています。未来完了形が使われています。「生まれるであろう」を「生まれた」と表現しています。この信仰をもって新しくされていきましょう。

イザヤ書 8章1節~13節

1) ユダの王ウジヤの孫であり、ヨタムの子であるアハズの治世のことである。アラムの王レツィンとレマルヤの子、イスラエルの王ペカが、エルサレムを攻めるため上って来たが、攻撃を仕掛けることはできなかった。

2) しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した。

3) 主はイザヤに言われた。「あなたは息子のシェアル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野に至る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、

4) 彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。アラムを率いるレツィンとレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。

5) アラムがエフライムとレマルヤの子を語らって、あなたに対して災いを謀り、

6) 『ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう』と言っているが、

7) 主なる神はこう言われる。それは実現せず、成就しない。

8) アラムの頭はダマスコ、ダマスコの頭はレツィン。(六十五年たてばエフライムの民は消滅する)

9) エフライムの頭はサマリア/サマリアの頭はレマルヤの子。信じなければ、あなたがたは確かにされない。」

10) 主は更にアハズに向かって言われた。

11) 「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に。」

12) しかし、アハズは言った。「わたしは求めない。主を試すようなことはしない。」

13) イザヤは言った。「ダビデの家よ聞け。あなたたちは人間に/もどかしい思いをさせるだけでは足りず/わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。

イザヤ書9章1節~6節

1) 闇の中を歩む民は、大いなる光を見/死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

2) あなたは深い喜びと/大きな楽しみをお与えになり/人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように/戦利品を分け合って楽しむように。

3) 彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を/あなたはミディアンの日のように/折ってくださった。

4) 地を踏み鳴らした兵士の靴/血にまみれた軍服はことごとく/火に投げ込まれ、焼き尽くされた。

5) ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神/永遠の父、平和の君」と唱えられる。

6) ダビデの王座とその王国に権威は増し/平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって/今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『預言者の祈り』

2020年11月22日 イザヤ書38章1節~8節 津村友昭牧師

説教の中から

  • ヒゼキヤは38歳の働き盛りで病気にかかりました。北イスラエルが滅亡したのは紀元前721年です。彼が小国ユダの存亡をかけて働いていた時です。
  • 死の宣告「あなたの家を整理せよ」あなたは死ぬ。治らない。
  • 私たちも死に備えよというこの事を他人事と考えてはなりません。
  • ヒゼキヤの祈り、そして神に向かって「壁に向かって祈った」集中して神に祈った。ユダは危機にある国のため、神の栄光のために祈った。
  • 神はヒゼキヤの祈りに感動された。

イザヤ書 37章33節~38節

33) それゆえ、主はアッシリアの王についてこう言われる。/彼がこの都に入ることはなく/彼がこの都に矢を射ることも/盾をかざして立ち向かうことも/この都に向かって塁を築くこともない。

34) 彼は元来た道を引き返し/この都に入ることはない――主の仰せ。

35) 私のため、また私の僕ダビデのため/私はこの都を守り、これを救う。」

36) 主の使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を打ち殺した。人々が朝早く起きてみると、皆死体となっていた。

37) アッシリアの王センナケリブは、そこをたって退却し、ニネベにとどまった。

38) 彼が信じる神ニスロクの神殿で礼拝していたとき、息子のアドラメレクとサルエツェルが剣で彼を打ち殺した。二人はアララトの地に逃れ、別の子エサル・ハドンが彼に代わって王となった。

イザヤ書38章1節~8節

1) そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』」と言った。

2) ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。

3) 「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。

4) 主の言葉がイザヤに臨んだ。

5) 「ヒゼキヤのもとに行って言いなさい。あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、わたしはあなたの寿命を十五年延ばし、

6) アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。わたしはこの都を守り抜く。」

7) ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって、主は約束なさったことを実現されることが分かります。

8) 「見よ、わたしは日時計の影、太陽によってアハズの日時計に落ちた影を、十度後戻りさせる。」太陽は陰の落ちた日時計の中で十度戻った。

9) 病気であったが、その病気が治って命を得たユダの王ヒゼキヤの記した歌、ミクタブ。

10) わたしは思った。人生の半ばにあって行かねばならないのか/陰府の門に残る齢をゆだねるのか、と。

11) わたしは思った。命ある者の地にいて主を見ることもなくなり/消えゆく者の国に住む者に加えられ/もう人を見ることもない、と。

12) わたしの生涯は羊飼いの天幕のよう��/引き抜かれ、取り去られてしまった。わたしはわたしの命を織物のように巻き終わり/糸から切り離されてしまった。昼も夜も/あなたはわたしの息の根を止めようとされる。

13) 夜明けまでわたしはそれを甘んじて受け/獅子に砕かれるように/わたしの骨はことごとく砕かれてしまう。昼も夜も/あなたはわたしの息の根を止めようとされる。

14) つばめや鶴のように/わたしはすすり泣きの声をあげ/鳩のようにわたしは呻く。天を仰いでわたしの目は弱り果てる。わが主よ、わたしは責めさいなまれています。どうかわたしの保証人となってください。

15) わたしは何と言えば答えてもらえるのか/そのようなことをなさる主に。わたしは心に苦痛を抱きながら/すべての年月をあえぎ行かねばならないのか。

16) 主が近くにいてくだされば、人々は生き続けます。わたしの霊も絶えず生かしてください。わたしを健やかにし、わたしを生かしてください。

17) 見よ、わたしの受けた苦痛は/平和のためにほかならない。あなたはわたしの魂に思いを寄せ/滅びの穴に陥らないようにしてくださった。あなたはわたしの罪をすべて/あなたの後ろに投げ捨ててくださった。

18) 陰府があなたに感謝することはなく/死があなたを賛美することはないので/墓に下る者は/あなたのまことを期待することができない。

19) 命ある者、命ある者のみが/今日の、わたしのようにあなたに感謝し/父は子にあなたのまことを知らせるのです。

20) 主よ、あなたはわたしを救ってくださった。わたしたちは命のあるかぎり主の神殿で/わたしの音楽を共に奏でるでしょう。

21) イザヤが、「干しいちじくを持って来るように」と言うので、人々がそれを患部につけると王は回復した。

22) ヒゼキヤは言った。「わたしが主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか。」

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『神の導きの中で』

2020年11月15日 ヨハネの黙示録2章~11章 津村悦子牧師

説教の中から

黙示録を連続で12章まで来ましたが、残念ながら、人間私たちはメッセージを聞いても10%程度の理解しか聞けないので、今朝は2章から11章まで振り返り、大切な所だけ聞くことにしました

黙示録は何を私たちに語っているかをもう一度聞いてみましょう

1. 七つの教会について

2. 書物の封印

3. ヨハネが見た天上の世界

4. 天使の賛美

5. ローマ皇帝のサタンとの闘い

6. 終末における勝利の主

その他

ヨハネの黙示録 1章1節~8節

1) イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストにお与えになり、そして、キリストがその天使を送って僕ヨハネにお伝えになったものである。

2) ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした。

3) この預言の言葉を朗読する人と、これを聞いて、中に記されたことを守る人たちとは幸いである。時が迫っているからである。

4) ヨハネからアジア州にある七つの教会へ。今おられ、かつておられ、やがて来られる方から、また、玉座の前におられる七つの霊から、更に、証人、誠実な方、死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者、イエス・キリストから恵みと平和があなたがたにあるように。わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、

5) わたしたちを王とし、御自身の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン。

6) 見よ、その方が雲に乗って来られる。すべての人の目が彼を仰ぎ見る、/ことに、彼を突き刺した者どもは。地上の諸民族は皆、彼のために嘆き悲しむ。然り、アーメン。

7) 神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」

8) わたしは、あなたがたの兄弟であり、共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっているヨハネである。わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『人生の荒野で』

2020年11月08日
使徒言行録9章19節~25節、ガラテヤの信徒への手紙1章11節~17節
津村一志牧師

説教の中から

パウロは回心してダマスコですぐに福音宣教の旅を開始したように思えるがガラテヤ人の手紙にはそうではなく、3年間アラビアに退いたことが記されている。

アラビアとはモーセがシナイ山で律法を授かった場所を含めた、荒野がどこまでも続くところである。何のためだろうか

おそらく1人になって神様と向き合い神様だけに依存する自己を確立させるためだったと思われる。神様に用いられる人は荒野のような所を通らさせられる。そこを通って整えられるからである。

私たちも必ず荒野を通ることがあるが、それは神様に用いられるためのプロセスである。

使徒言行録 9章19節~25節

サウロ、ダマスコで福音を告げ知らせる

サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、

20) すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。

21) これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」

22) しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。

23) かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうとたくらんだが、

24) この陰謀はサウロの知るところとなった。しかし、ユダヤ人は彼を殺そうと、昼も夜も町の門で見張っていた。

25) そこで、サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした。

ガラテヤの信徒への手紙1章11節~17節

11) 兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。

12) わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。

13) あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。

14) また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。

15) しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、

16) 御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、

17) また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『涙の祈りをする預言者』

2020年11月01日 列王記下20章1節~11節 津村友昭牧師

説教の中から

「死の教育」の中で人は死というものを受け入れ行くかが示されています。

  1. まず最初は「否認」する。まさか自分が死の病にかかるなんて。
  2. 次に怒りが出てきます。なんであの人でなく自分が。
  3. 「取引」が起こります。ちゃんと薬を飲みますから治してください。そしてうつ病になった状態で「死」受容するそうです。そして、最後の希望を持たせて死を迎える必要があると。

この死の宣告を受けたヒゼキヤは神と取引をしています。涙の祈りです。それはアッスリヤからエルサレムを救い出すという使命です。神は15年生きることを約束されました。

列王記下20章1節~11節

1) そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』」と言った。

2) ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。

3) 「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。

4) イザヤが中庭を出ないうちに、主の言葉が彼に臨んだ。

5) 「わが民の君主ヒゼキヤのもとに戻って言いなさい。『あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやし、三日目にあなたは主の神殿に上れるだろう。

6) わたしはあなたの寿命を十五年延ばし、アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。わたしはわたし自身のために、わが僕ダビデのために、この都を守り抜く。』」

7) イザヤが、「干しいちじくを取って来るように」と言うので、人々がそれを取って来て患部に当てると、ヒゼキヤは回復した。

8) ヒゼキヤはイザヤに言った。「主がわたしをいやされ、わたしが三日目に主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか。」

9) イザヤは答えた。「ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって主は約束なさったことを実現されることが分かります。影が十度進むか、十度戻るかです。」

10) ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ影を十度後戻りさせてください。」

11) そこで預言者イザヤが主に祈ると、主は日時計の影、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『わたしにつながっていなさい』

2020年10月25日 ヨハネによる福音書15章1節~11節 津村友昭牧師

説教の中から

10月31日は宗教改革記念日です。ルターがプロテスタントとして出発した日です。それは挑戦する、チャレンジすることを意味します。

初めの人間は神につながっていました。それは神のみ言葉を信頼してとどまっていたともいえます。しかし、人間が罪を犯すことによって神とつながることが出来なくなってしまいました。「とどまるはメノー」というギリシャ語です。新約聖書に120回、ヨハネによる福音書には41回用いられています。イエスには「神の愛が彼の上にとどまるのを見た(ヨハネ1:32)」と書かれています。人間はイエスキリストの十字架の安河内によってふたたび神とつながれたのです。

ヨハネによる福音書15章1節~11節

1) 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。

2) わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。

3) わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。

4) わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。

5) わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを 離れては、あなたがたは何もできないからである。

6) わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。

7) あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

8) あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

9) 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。

10) わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

11) これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『光と闇の戦い』

2020年10月18日 ヨハネの黙示録12章 津村悦子牧師

説教の中から

ヨハネ黙示録が正典として全教会から承認されたのは4世紀の終り頃です。この謎めいた文書には様々な議論が交わされましたが、終末が近い将来と考えたときに神の支配の到来を語ります。現代も同じような危機的状況の中に、私たちはどのような生き方が良いか、この黙示録はひとつの回答を用意しているといえます。

ヨハネの黙示録12章

1) また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。

2) 女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

3) また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。

4) 竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

5) 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。

6) 女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。

7) さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、

8) 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。

9) この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

10) わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、/昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、/投げ落とされたからである。

11) 兄弟たちは、小羊の血と/自分たちの証しの言葉とで、/彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。

12) このゆえに、もろもろの天と、/その中に住む者たちよ、喜べ。地と海とは不幸である。悪魔は怒りに燃えて、/お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである。」

13) 竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。

14) しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。

15) 蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。

16) しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。

17) 竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。

18) そして、竜は海辺の砂の上に立った。

日本聖書協会 新共同訳聖書より引用

『目からウロコ』

2020年10月11日 使徒言行録9章1節~19節 津村一志牧師

説教の中から

「目からうろこが落ちる」という言葉は使徒パウロの宗教体験が由来になっています。サウロがキリスト者を迫害するためにダマスコに向かう途中、復活の主に出会い目が見えなくなります。その後アナニアという弟子に出会い、頭に手を置いて祈ってもらったとき、今まで見えなかったものが見えるようになったのです。

「うろこ」とは神の愛を隔てる壁のことを示しているのではないでしょうか。しかし、その「うろこ」はアナニアにもあったのです。サウロが迫害者だったからです。私たちも自分の中にどのような「うろこ」があるのか、主なる神様の愛を通して取り除かれていきたいものです。

『向き合い、成長すること』

2020年10月04日 エフェソの信徒への手紙4章15節 坂口聖子牧師

『人は渇いている』

2020年09月27日 詩編42章1節 津村友昭牧師

『あなたは神の証人です』

2020年09月20日 ヨハネの黙示録11章 津村悦子牧師

『主なる神への価値と従順』

2020年09月13日
創世記22章1節~5節、マルコによる福音書8章31節~38節
津村一志牧師

『自分を無にする祈り』

2020年09月06日
ダニエル書6章11節~18節、創世記18章22節~33節
津村友昭牧師

『信仰の導き手』

2020年08月30日 詩編110章1節~7節 津村友昭牧師

『信仰によって将来を見る』

2020年08月23日 ヨハネの黙示録10章 津村悦子牧師
※機材トラブルにより冒頭30分(礼拝前賛美)程
映像・音声が乱れております。ご了承ください。

『癒しと解放』

2020年08月16日 使徒言行録3章1節~10節 津村一志牧師

『主に従うとは』

2020年08月9日 マルコによる福音書10章17節~31節 津村友昭牧師

『警告と赦しの神』

2020年08月02日 ヨハネの黙示録9章1節~20節 津村悦子牧師

『心の目を開いて下さるイエス』

2020年07月26日 マルコによる福音書8章22節~26節 津村友昭牧師

『とりなしの祈り』

2020年07月19日 ヨハネの黙示録8章1説~13節 津村悦子牧師

『一つにされて』

2020年07月12日 使徒言行録2章43節~47節 津村一志牧師

『一つとなるために』

2020年07月05日 エゼキエル書37章15節~28節 津村友昭牧師

『新しい息吹』

2020年06月28日 エゼキエル書37章1節~14節 津村友昭牧師

『聞く耳のあるものは聞くが良い』

2020年06月21日 ヨハネの黙示録3章19節~22節、4章8説~11節
津村悦子牧師

『ペトロの説教』

2020年06月14日 使徒言行録2章14節~24節 津村一志牧師

『戸の外でノックする主イエス』

2020年06月07日 ヨハネの黙示録3:1~8 津村悦子牧師

『天から力を受ける』

2020年05月31日 ペンテコステ礼拝 使徒言行録1:1~12 津村一志牧師

『信仰の深みへ』

2020年05月24日 ルカによる福音書5:1~11 津村友昭牧師

『神の導きの中に生きる私達』

2020年05月17日 ヨハネの黙示録7:1~4、7:13~17 津村悦子牧師

『信じる者は幸い』

2020年05月10日 ヨハネによる福音書2章24節~29節 津村一志牧師

『病の人に触れたイエスの手』

2020年05月03日 マルコによる福音書1章40節~45節 津村友昭牧師